2020年の中南米の政治動向について、時事通信社元外信部長山崎真二氏は、おおむね下記のように分析している。
2020年の中南米では 先ごろチリで発生したような大規模な反政府抗議デモが各国に波及する可能性がある。
2019年10月中旬に発生したチリの反政府デモは、サンティアゴで開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議中止というハプニングを招いたが、その後も2カ月以上続く異常事態となった。チリ政府が、デモのきっかけとなった地下鉄運賃値上げの撤回、閣僚の入れ替え、さらに市民らが要求していた憲法改正国民投票の実施方針など相次いで譲歩を示したにもかかわらず、デモが長期化したのはなぜか。その原因についてチリ・カトリカ大の政治学者は「デモの背景には深刻な経済格差があり、抜本的改革なしにはすぐに対応できないという事情がある」と分析する。
経済・社会格差に起因する反政府抗議行動やデモはチリだけでなく、他の中南米諸国でも起きている。エクアドルでは2019年10月、燃料補助金廃止など政府の緊縮経済政策に反対するデモが全土で繰り広げられた。エクアドル政府は当初、燃料補助金廃止に変更はないと強硬に主張していたが、デモの拡大で結局、廃止撤回に追い込まれた。政府が大幅譲歩した格好だが、抗議行動の背景には社会格差を要求する先住民運動の高まりが絡んでおり、これで“一件落着”とはなりそうにない。同11月にはコロンビアでも、政府の労働改革や年金制度改革に反対する大規模なデモやゼネストが行われた。米国の中南米専門シンクタンク「インターアメリカン・ダイアログ」(IAD)の研究者はこれら三カ国に加え、ブラジル、アルゼンチンでも反政府デモが再発する可能性を指摘、「中南米では2000年代初めからの資源ブームによる経済成長で増大した中間層が社会・経済格差是正を叫び、福祉や教育面の充実などを求めているが、今や各国とも経済の低迷で財源がなく、反政府抗議活動が今後、この地域で連鎖的にかつ長期にわたり起きる可能性がある」と警告

2020年の中南米政治でもう一つ注目すべき点は、左派勢力再結集の動き。
2006年以来、ボリビアの政権を握ってきたモラレス氏が4期目に向けた大統領選をめぐる不正疑惑から2019年11月大統領を辞任しメキシコに亡命、その後最終的にアルゼンチンに亡命した。
中南米の主要メディアがこぞって「重要な出来事」と指摘するのはメキシコの“変身”ぶりである。ロペスオブラドール政権は2018年12月発足以来、内政最優先をモットーとし、外交面では消極的な姿勢が目立った。ところが、今回のボリビアの政変に関してはいち早く「クーデター」「モラレス氏がボリビア唯一の合法的な大統領」などと表明、モラレス氏の亡命受け入れを積極的に申し出た。メキシコの外交姿勢の変化はこれ以前に既に現れていたとみていい。
2019年7月、メキシコのプエブラ市でメキシコのほか、アルゼンチン、ブラジルなど中南米10カ国の左派ないし進歩派の政治指導者が参加して「プエブラ・グループ」が結成された。「中南米における右派勢力の伸長を抑え込み、左派勢力の復権を目指す動き」(メキシコ有力紙)との見方が有力。ベネズエラ民主化を目的に中道右派政権を中心に結成された「リマ・グループ」に対抗する新グループの発足である。
この新グループの第2回会合が同11月、ブエノスアイレスで開催された。同会合にはアルゼンチン新大統領就任直前だったフェルナンデス氏に加え、12カ国から32人の有力政治家が参加し、第1回会合からさらに勢いを増した。メンバーにはボリビアのモラレス前大統領、ブラジルのルセフ元大統領など各国で左派政権を担ったリーダーが名を連ねる。「プエブラ・グループ」の動向次第では、膠着状態が続くベネズエラ情勢に影響を与える可能性も出てくる。「リマ・グループ」では、中心的存在だったペルーが大統領による議会解散や2019年1月の国会議員選挙など内政の不透明化で外交面の影響力が低下する中、「プエブラ・グループ」が勢いづけばマドゥロ・ベネズエラ大統領の独裁的体制の存続を助長するかもしれない。

「プエブラ・グループ」の動きとも絡んで注目されるのは、2019年12月に発足したばかりのアルゼンチンのフェルナンデス新政権の行方だ。アルゼンチンでは中道右派のマクリ前政権下で各種補助金の撤廃など財政健全化が進められたが、同国通貨ペソ暴落に伴う経済困難に見舞われた。国際通貨基金(IMF)の大型融資で再建が図られたものの、インフレ高騰や失業増大など景気が一層低迷した。国連中南米カリブ経済委員会(ECLAC)の最新報告によれば、2019年のアルゼンチンの経済成長率はマイナス3.0%、20年もマイナス1.3%と見込まれる。新政権にとって財政再建とともに対外債務交渉、とりわけIMFとの交渉が最重要課題となるが、フェルナンデス大統領は就任演説で「経済回復を達成するまで債務は払わない」と表明。国際金融界から強い懸念の声が上がる。さらに大統領の演説では財源が明示されずに低所得者支援の拡大方針が強調されるなど、左派ポピュリズム(大衆迎合主義)的傾向が目立つ点も見逃せない。新政権には、かつて在任中の国家介入型経済の下、“バラマキ”政策で財政破綻を引き起こしたフェルナンデス・キルチネル氏が副大統領として控える。ブエノスアイレスの現地メディアの間では「彼女は大統領より影響力がある」というのが定説。

新政権が今後、“バラマキ”財政と保護主義に逆戻りし、一層深刻な経済危機に陥るリスクも取りざたされている。アルゼンチンが内政面で行き詰まれば、中南米の左派勢力再結集の動きが鈍るだけでなく、ベネズエラ情勢を含めこの地域全体の政治潮流にも影響が及ぶことになろう。

投稿者 荒尾保一