[ブエノスアイレス 18日 トムソン・ロイター財団] –

はじめてのコンピューターを手に入れるべく貯金に励んでいたオズワルド・ガルシアさん(22)。昨年、1つの転機が訪れた。毎晩、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの売店で先の見えない仕事を続ける代わりに、もっと良いキャリアを目指すチャンスだ。

ガルシアさんだけではない。いまアルゼンチンでは、無料のプログラミング・IT(情報技術)教室に登録する若者が増えている。活況を呈するIT産業では給与水準の高い求人が多く、人手不足を補うための人材育成を目的とした教室だ。

ガルシアさんは、「自分にとってはまさに思い切った賭けだった。それまでIT分野での経験などまったくなかったから」と語る。売店の勤務シフトの間に通うプログラミングとグラフィックデザインの授業にも慣れ、まもなく就職活動を始めようと考えている。

「IT系なら、悪くない給料がもらえる。デジタルの世界でこういう仕事を覚えたおかげで、自分に向いた天職を探せるようになった」

長引く経済危機に悩まされているアルゼンチンだが、ITセクターは好調が続いている。

電子商取引大手メルカドリブレやソフトウエア開発大手のグローバントといったグローバル企業も生まれ、アウトソーシングの拠点にもなっている。

アルゼンチン経済は数十年にわたり、何回もの危機や債務デフォルト、インフレ高進に悩まされてきたが、その中で政府や非営利団体(NPO)は、貧困層の若者を対象に、就職で大きな武器となるスキルを素早く身につけられるようなトレーニングを無料で提供している。

先月発表された公式統計では、アルゼンチン国民の約40%が貧困ラインを下回る生活をしている。今年はインフレ率が100%を超え、人々の購買力を奪っている。

IT教育に携わる慈善団体によれば、アルゼンチンのIT産業では、新入社員レベルの業務でも、月8万0342ペソ(約5万円)という法定最低賃金の2倍は稼げるという。

「彼らの多くは、すぐさま一家の稼ぎ頭になる」と語るのは、NPO「プエルタ18」のディレクターを務めるフェデリコ・ワイスバウム氏。同NPOは、ブエノスアイレスで13─24歳の若者に無料の教室を提供している。

同NPOが提供するコースには、3Dプリンティング、プログラミング、グラフィックデザインなどがある。ワイズバウム氏は、通常2─3カ月にわたる研修を終え、就職あっせんプログラムに参加すると、約90%がIT産業で就職できると話した。

<「スキルギャップ」への対応策>

多くの企業が、景気の先行き不透明感や、何万人もの労働者が解雇された「ビッグ・テック」関連銘柄の下落によって打撃を受ける一方、市場調査会社インターナショナル・データ・コーポレーションは、グローバルなIT関連支出は2023年に4.4%成長すると見ている。

アルゼンチンでは、急成長するIT分野ではスキル不足が原因で毎年約1万5000人の欠員が発生しているという。業界団体アルゼンチン・ソフトウエア会議所が明らかにした。

その一方で、国内の経済危機は人材の海外流出を加速させている。

そこでIT産業は、新たな人材の育成を支援するためにIT教育や集中コースに補助金を出している。

「非常に待遇のいいデジタル関連の職種はたくさんある。必ずしも高度な経験は必要なく、今も人手不足だ」と語るのは、NPO「ポトレロ・デジタル」のディレクター、フアン・ホセ・ベルタモーニ氏。同NPOはオンラインで3カ月間の無料講座を提供している。

政府は昨年11月、IT教育への大規模な取り組みとして「アルゼンチン・プログラム4.0」を立ち上げた。プログラミング言語、テスティング、デジタルスキルに関する無料の研修を提供し、並行してソフトウエア企業への就職あっせんを行う。

当時、アルゼンチン政府の知識経済担当部門でトップを務めていたアリエル・スハルチュク氏は、通信社テラムが引用したコメントの中で、「このプログラムにより、この国では年末までに7万人の新人プログラマーが生まれるだろう」と語った。

「将来、われわれが(ITセクターにおける)リーダーになるために必要な基盤だ」

同プログラムの広報担当者はトムソン・ロイター財団に対し、現在までの参加申込者は34万人、実際の参加者は約21万人に達したと述べた。

<IT利用の格差が壁に>

だが、労働者階級を対象としたプログラミング教育を進める上での制約もある。多くは、質の高いインターネット接続手段やコンピューターを保有していないからだ。

ブエノスアイレス市生涯教育局長のエウヘニア・コルトナ氏は、「こうしたコミュニティーでは、これまでITへの接点が携帯電話だけだったという例も多い」と語る。

「現実的な選択肢として、IT産業への就職など思いつきもしないという場合もある」

ブエノスアイレス市は、市中心部の貧困層が多く人口密度の高い「バリオ31」と呼ばれる地区に研修センターを開設した。ここではプログラミングやデータ分析、ソフトウエアテスティングといった実務志向のスキルの育成に力を入れている。

テクノロジーの利用や研修参加を妨げる障害を克服するために、研修事業者の多くは、生徒に無料で機器を貸出し、課題をやるための場所を提供している。

ブエノスアイレス市のセンターは、オンラインと対面の両方で授業を行っている。コルトナ氏によれば、対面授業を選ぶ生徒の「圧倒的多数」は、自宅でコンピューターを利用できないという理由での選択だという。

プエルタ18は、誰でもハードウエアを使えるよう、対面での講座にこだわっている。一方、ポトレロ・デジタルは生徒がリモートで研修を完了できるように、ノートパソコンを送っている。

ポトレロ・デジタルのベルタモーニ氏は、ITへのアクセスを提供すれば生徒のキャリア展望はがらりと変わる、と言う。

「不利な境遇の人々にとっては大きなチャンスだ」と同氏。職業訓練をほとんど受けられず、公教育制度から離れてしまった人が多いからだと説明した。

ノエリア・キスペさん(24)は、プエルタ18で受講した無料講座のおかげで、IT系の仕事に就くことができた。現在は、ドラッグストアのチェーンでウェブサイト管理を担当している。

「プログラミングができると就職に有利だとは聞いていたが、家族にはそういう道を示してくれる人はいなかった」とキスペさんは語る。両親は繊維産業の労働者だ。

「もしこの講座に来ることがなかったら、どこでこうしたスキルを学べただろうか。自分がIT系の仕事に就く可能性があることすら分からなかったかもしれない」

投稿者荒尾保一